北九州市民球場の歴史

北九州市民球場の歴史

ご来場には公共の交通機関をご利用ください。

北九州市民球場には駐車場がございません。また、球場周辺は全駐車禁止になっております。
三萩野駅から徒歩約10分ですので、ご来場は便利な北九州モノレール、もしくは西鉄バスをご利用ください。

当時の小倉市内には小倉豊楽園球場があり、西鉄ライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)を中心にプロ野球の試合が年間10試合前後開催されていたが、国鉄小倉駅の移転により取り壊しが決まったため、豊楽園に代わる新しい球場として、昭和32年9月15日 小倉球場として誕生。

こけら落としは西鉄ライオンズ対阪急ブレーブス1回戦。同年春は平和台野球場が改装工事を行っていたため、これが西鉄の開幕戦となった。

その後も長らく西鉄(球団名はのちに太平洋クラブ、クラウンライターと変遷した)の準本拠球場として年間20試合近くを開催してきた。

特に1965年は西鉄主管70試合(当時ペナントレースは140試合制)を当球場と平和台球場で35試合ずつ分け合って開催したことがある。
(野球協約では専用球場で主管試合の半数以上開催することが義務付けられているので、ギリギリであった)

1978年秋、ライオンズは埼玉県に本拠地を移転し福岡を去った。
この影響でプロ野球公式戦の開催数が激減したが、1988年秋にダイエーが南海ホークスを買収し、福岡に本拠地を移転する旨を発表。
これを受けて北九州市は小倉球場を大規模改修し、翌1989年から球場名も現名称に改称した。
同年以降、福岡ダイエーホークス(現福岡ソフトバンクホークス)が準本拠地として年間5試合前後の主催公式戦を開催してきた。

お知らせ

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球場へのアクセス

〒802-0065
北九州市小倉北区三萩野2-10
TEL.093-941-7770
FAX.093-941-6748